「鉄道模型少年時代」電源周りスッキリ作戦1 ~太古のダイナブックは死してコネクタを残す~
講談社のNゲージジオラママガジン、「鉄道模型少年時代」の製作の話題です。
シリーズ終了して久しいこのシリーズ、一応私も先月、トレインスコープを走らせた映像をアップして完成宣言致しました。しかし完成後も色々と手を加えていって興味を繋いでおきたいものです。細かいフィギュアの設置などが主な作業となりますが、今回は少々大掛かりなレイアウトの電源インフラ改良作業を手がけました。大掛かりなので、しばらくこの作業で遊べそうです。
きれいに専用クリアケースに収まって、使用しない時はスッキリまとまっているように思えます。しかし車両走行用のコントローラーの電源、そして照明&サウンド用のACアダプタ電源など、動かすときにはゴチャゴチャとケーブルが絡みつくのが難点です。何とかケース自体を改良して電源周りをシンプルにまとめたいと思います。
なぜかここでダイナブックです。
連休中に押入れを掃除していたら、10年くらい電源も入れていない古いダイナブックが出てきました。もっと新しいパソコンで使用しなくなったものはとっくに処分してしまっていたのに、これは奥に入ってしまって忘れていたのでしょう。DOS/V機と呼ばれていた時代のノートパソコンです。
記録を見ると、1994年当時のモデルでCPUはi486DX4/75MHz、HDDは500MB、CD-ROMドライブを内蔵して外付けFDDが付属しています。OSはWindows3.1。翌年、Windows95にアップグレードして2年間くらいは趣味に仕事にフルに活用していました。当時はまだ仕事でノートPCなんか持ち歩いている人は稀有だったので、周囲では変人の類でした。現在と比べてパソコンの性能アップ速度が速かったので、さっさと当時大人気だったメビウスに乗り換えて2年でガラクタになってしまったのです。ガラクタ後はLinaxをインストールしてしばらく遊んでから、押入れの中となっていました。
さて懐かしの再会を果たしたダイナブックですが、電源を入れても立ち上がりません。HDDのアクセスランプも付きませんし、第一モニターが駄目になっているようです。動かないパソコンは、正真正銘のゴミです。処分となりますが、その前に些細なパーツを外してレイアウトに流用したいと思います。
この時代のノートパソコンは、ACアダプタを筐体に内蔵させているものが多かったものです。電源周りが非常にスッキリとするので好ましいのですが、安全性やコストの問題があるのでACアダプタが外付けになっていきます。パソコンは保守サービスのために簡単に分解できるようになっています。
さて、処分前のダイナブックから取り出すのは電源用のメガネコードと、この2芯の電源コネクタ部分だけです。
取り外したコネクタ部分と電源コードです。
このコネクタとコードを、「鉄道模型少年時代」の専用クリアケースに取り付けて電源入力部分をひとまとめしし、電源コード自体も取り外し可能にするという作戦です。
メガネコード用のコネクタなんて、わざわざパソコンから取り外さなくても電子パーツ屋さんを巡れば安価に入手できるとは思いますが、ただダイナブックを処分するのではなく、死した後もコネクタだけでも生き続けるということにしておきます。
専用クリアケースの内部は、前部中央の引き出し部分を除いて広大な空間があります。理想としては、電源コードは掃除機のように巻き取り式にしたかったのですが、巻き取り部分のパーツだけ入手できませんし、そのために掃除機を分解するのもなんなので、シンプルな取り外し式にすることにします。
ダイナブックから取り出した電源コネクタを、専用クリアケースの台座部分に穴をあけて取り付けようと思います。
寸法を合わせて電動リューターで穴をあけていきます。しかし内部の構造をよく確認せずに位置を決めたので、失敗してしまいました。
既に穴をあけてコネクタを取り付けた後ですが、当初の決めた位置では穴が開けられなかったので少し左に寄せることになりました。
土台部分のネジの箇所に穴をあけようとしていました。ドリルが入っていかないので気が付くという体たらくです。
間違えて穴をあけた部分は、ブラウンで塗装してボロ隠しをします。ケースの台座の隅っこなので目立たないと自分を納得させます。
取り付けた電源コネクタに、テーブルタップのコードをぶった切ったものを半田付けして接続します。これで外部の取り外し式コードからケース内部に電源が引かれました。コントローラーと照明用のACアダプタをこのテーブルタップに接続することになります。
テーブルタップがケース内部でゴロゴロ動くのを防止するために、強力な両面テープで内側壁面に貼り付けます。これで電源準備完了です。
今日は穴あけ作業に時間が掛かったのでこれまでです。この電源部分に照明やコントローラーを接続する準備を続けたいと思います。
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コメント
ダイナブックのSPECを見ていて当時を思い出します。
75MHzいまやGHzが当たり前で速いのと比べると1/100
HDDに至ってはCD一枚がインストールできませんね。
Windows3.1はどんなOSだったかもう覚えていません。(当時これで仕事をしていたはずですが)
私もノートはメビウスを使っていました。
パソコンのここ10年間の進歩はすさまじいものがありますが、人間(特に私)の方は10年経ってもあまり進歩していませんね。
投稿: カズキ | 2011年5月17日 (火) 09時33分
カズキさん、こんにちは。
10年位前は、今より更にパソコンスペックの進化が早かったので、特にノートPCの買い替え頻度が高くて処分さえ忘れ去られていたダイナブック、少年時代のカバーの台座に移植して生き続け?ます。
>HDDに至ってはCD一枚がインストールできませんね。
当時はこれでもなかなか一杯にならなかったものです。フロッピーディスク(死語?)の時代だったので、私自身はフロッピーの時代から進歩していないと思います。
Windows3.1、プログラムマネージャーとかファイルマネージャー等の窓を覚えていますが、きっと今見てもサッパリですね。
投稿: YUJI | 2011年5月17日 (火) 13時33分
パソコンもソフトが無ければだだの箱、と言われた時代。今はパソコンはいらぬソフトが多過ぎるですね。
カズキさんの人生ですね。
投稿: honest | 2011年5月17日 (火) 18時22分
PS はじめて、昔が一致しましたね。
投稿: honest | 2011年5月17日 (火) 18時39分
honestさん、こんばんは。
Windows以前はソフトもフロッピーディスクの中に丸ごと入っていて、それが無ければ本当にただの箱でしたね。そのまた昔はカセットテープでしたが・・・。
鉄道模型から脱線したむかしばなしになってしまいました。
投稿: YUJI | 2011年5月17日 (火) 21時51分
YUJIさん こんばんは
>鉄道模型から脱線した昔話
プログラムのカセットテープ保存をYUJIさんが知っておられるとは驚きです。
またまた、昔話です。
私は、新卒当時、親会社に研修に行かされて、今では当たり前のコンピュータミシンのソフト開発してたのを思い出しました。8ビットのワンチップマイコンでした。又、ワンボードにチップとメモリー、表示LEDを搭載した確かNECの98シリーズだったと思いますが、友人と遊んでたのも思いだしました。プログラム言語はマシン語だった様に思います。
投稿: マーボウ | 2011年5月17日 (火) 22時45分
マーボウさん、おはようございます。
脱線の昔話も楽しいですね。
中学、高校当時の8ビットのFM-7やMSXのデータ保存はカセットテープで、後に買い足したFDDが夢の機械に見えました。
鉄道模型のコントローラーも今はトランスが無くて軽くシンプルな回路が入っているだけですね。分解しても中身スッカスカで張り合いがありません。
投稿: YUJI | 2011年5月18日 (水) 08時05分