大宮の鉄道博物館でEF66形機を初観察!
久しぶりに大宮の鉄道博物館に行ってきました。社宅のある朝霞からは外環道と首都高を通れば30分足らずの距離です。出掛けた10月17日の土曜日は一日中冷たい雨が降る気候でしたが、結構な賑わいを感じることが出来ました。
目的は、現在制作中のアシェットの「ブルートレイン3車両をつくる」の内の牽引機のEF66形機を観察することです。今まで何度も鉄博は訪れていますが、EF66には関心が無かったので一枚も写真を撮っていませんでした。
単身赴任した当初は足繁く通うつもりでしたが、行けたのは最初の内だけで折しもコロナ騒動で閉館したり、その後も感染症対策で予約制なったりとなかなか行けない状態が続きました。まだ自ら人混みに入っていくという行為も避けるべきかもしれません。それでも十分に自身でも対策を施して出掛ければよいかと思います。鉄道博物館側は、出来うる限りの感染症対策を施していました。
現在、事前に予約した時間に入館することになっています。ネットで予約後、コンビニエンスストアで料金を支払ってチケットを受け取っておきます。
開館時間の10時の予約を取って入館したら、見事にガラガラ。こんなに空いている鉄博は初めてだと心配になりましたが、11時、12時の予約客がどんどん入ってきていつもの様な賑わいになりました。滞在時間を制限されているわけではないので、10時の予約客が11時に帰ることはほとんど無い為、空いているのは最初だけで後はだんだん混んでくるわけです。13時の予約客が入ってくる頃には売店も人だらけの、ちょっと危険を感じるような状態でした。その内売店は入店制限を掛けることでしょう。
入館直後、2階からフィッシュアイレンズで撮影。入館客はまばらです。EF66は右側の奥の壁際。まさに片隅に展示されています。
まずは目的のEF66にご挨拶。
展示スペースの片隅の壁際にひっそりと置かれています。照明が暗い上にところどころスポットライトが当たっているのできれいに撮影できません。ジャンパ栓などは登場時の形状に復元されていました。
このEF66 11号機は一次型と呼ばれる初期生産のタイプで、現在作っている二次型の43号機とは外観上の違いが結構ありました。そういった知らなかったことは実機を見ることによって知ることが出来ます。まずすぐ判ることとして、鉄博の号機は運転席の庇が出ていません。前面のステンレスの飾り帯の分割部分が異なっており、中央部が長くなっています。ついこの間工作したから気付くことで、ほとんど間違い探しの世界です。
人がたくさんになってきても、EF66の周りにはあまり人混みが出来ることがないので、ゆっくり観察できます。但し壁際にぴったり着けて置かれているので、公式面の左側面の観察しか出来ないのが残念なところです。運転席の見学は中止されていました。感染症対策上、仕方ありません。再開されたらゆっくり観察したいと思います。
どうせEF66の周りはずっと空いているでしょうから後でゆっくり観察することにして、久々の鉄博を楽しみます。
食堂車を模した内装の「トレインレストラン日本食堂」で昼食です。お一人様でも気軽に入ることが出来るので、鉄博に行ったらここで食事することにしています。かつての食堂車のメニューを再現しているとのことですが、味は現代風にアレンジされています。
現在は一部のメニューが中止となっていますが、ほぼ復帰した状態です。席は詰め込まない様に間を空けています。
今回頂いたのは特製デミグラスソースのハンバーグステーキ。
かつて食堂車で食べたハンバーグはこんなに美味しくなかった!それでも流れる景色を眺め、移動しながら揺れるテーブルについて食べる食事は格別でした。粘土のようなハンバーグの時もありました。今回のは肉汁が滴る今時のおいしいハンバーグでした。
付け合わせの野菜も昔とは大違いの美味しさ。まあ味まで昔のものを復刻するわけにはいきませんね。
私は結局、オシ24で食事する機会はありませんでした。24系では北斗星のスシ24「グランシャリオ」ならありますが、あれは電車特急のサシ485がサシ489を改造したもので特別感のある豪華仕様となっていたため、今作っているシリーズのシンプルな普段着のオシ24とはかなり内装が異なります。
よく利用したのはやっぱり新幹線の食堂車でした。旅行や出張時にはわざわざ食堂車がある100系X編成やV編成(グランドひかり)に出来るだけ乗るようにしたものです。これから仕事が始まる前の朝食、あるいは帰るときの一杯飲みながらの夕食、それも無くなって久しい。
実機を前にしても、果たして自分が何を見に来たのかまだよくわかっていません。工作していて不明な点がまだ無いからです。とりあえず撮影できる左側面を適当に撮影し、今後の工作に活かしていきます。
先日組み立てた区名札部分を観察します。思った通り、区名札枠の中に区名札を上から入れる仕組みになっています。アシェットの模型では、残念ながら台座の上にシールを貼って表現する様に簡略化されていました。
ナンバープレート部分です。
模型ではプラスねじの頭が見えて気になっていたヘッドマークの取り付けねじは、実機では六角ボルトが使われていました。小さな六角ボルトが見つかれば交換したいものです。
青いプレートの周囲には8か所のリベットのような突起がありますが、これは模型でも再現されています。機関車の顔部分の再現度はなかなかであることがわかります。
運転台は残念ながら見学が出来なくなっていました。下から見える部分を除いて確認するほかありません。
窓枠のリベットも模型では再現されています。ワイパーは外側に固定されています。ふつうは視界に入らない外側にしていると思うのですが、実機の写真では模型の様に内側になっているものもあるので実際のところは判りません。
二つある警笛の内、砲金制のもののアップです
2階からパンタグラフ部分を撮影します。まだルーフ部分の工作はずっと先のことでしょうが、その時参考になるかもしれません。アシェットの冊子の試作機とは塗り分けの色が異なるように見えます。
EF66については、今後の工作の箇所に合わせて撮影してきた写真を探してアップしていきます。
久しぶりの鉄博です。他にもいろいろ見に行きました。
20系のあさかぜです。
24系25形は残念ながらここには保存されていません。京都鉄道博物館にはトワイライトエクスプレスの車両が保管されていますが、まだノーマルの24系25形は博物館に置かれるような扱いになっていないと思われます。全国に保存車両はありますが、朽ちて無くなってしまう前にきちんと博物館に入れてやってほしいものです。
大宮の鉄博には元祖ブルートレインの20系の寝台車1両だけが大切に保存されています。日本の鉄道史上に燦然と輝く名車の佇まいです。ラウンドした後部窓が美しい。
20系も車内には入れません。窓から寝台車の内装を確認できます。
3段式B寝台、ベッドの横幅52cm。今となっては狭い!寝台の上に座ったら頭がつっかえてしまう状態です。寝台のセットは、各車両に乗っていたボーイさんが行っていたことを紹介しています。
まさに「カイコ棚」の狭い3段寝台。でも当時はこれでも相当な贅沢だったとのことです。2段目の寝台を見ると、クッションは殆どないペラペラ。幅は狭いし寝返りもままならず荷物の置き場にも困ったことでしょう。寝台を解体してから6人座ってこの場で過ごすのも窮屈そうです。
現在作っている24系25形は寝台の幅が70cmでしかも上下2段なので、この20系の時代からすると格段に快適になっているように思えます。
私は残念ながら20系に乗る機会に恵まれませんでした。3段式寝台は14系や24系で経験はあります。また10系のオハネフ12型に16歳の時に乗ったことが一度だけあります。中段で狭く、揺れてよく眠れませんでした。2段寝台になってからは眠れなかった思い出は殆どありません。
多くの車両はまだ車内の見学が出来ない状態でした。
これは0系新幹線ですが、殺人現場かのように、バリケードテープで入り口が遮断されていました。写真写りも悪いので、もう少しスマートな遮断表示が出来ないかと思ってしまいます。これじゃ鉄道公安官のドラマ撮影現場だよ・・・
鉄道ジオラマやてっぱくシアターは一つずつ席を空けての見学となります。感染症予防対策をしながら、頑張って多くのものを見せるべく頑張っていることが伝わります。
HO模型の巨大なレイアウト。見るたびにワクワクします。まだ半分の人数での開催ですが、私鉄特急も多く紹介する新しいプログラムとなっていました。
まだ試験営業といった感じの鉄道博物館ですが、割と賑わっていて安心しました。ブルートレインの工作が進むにつれ、不明点が出てきたらまた訪れたいものです。
最近のコメント